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2010年5月 4日 (火)

2010.4.25 院内銀山跡

 金山町を後にして30分後、県境の長いトンネルを幾つも通過した後、秋田県に入った

 湯沢市上院内で国道13号線から国道108号線に入り、山の中の道を少し走ると、こんな看板があった

P1100367

 このあたりは、まだ雪が残っていた まだ寒いのだろう

 いよいよ院内銀山跡へと向かうことになった

P1100368 P1100369 P1100370

 先程の看板の近くに、院内銀山史跡案内と、芭蕉翁の碑があった

 看板は、地元の湯沢市が近年になって整備したものらしく、随所で見かけることとなった

P1100374 P1100375

 異人館跡 現在では石垣を残すのみとなっている

P1100376

 一面の杉林の中を進む かつてはこの杉林も家があって人が住んでいたと考えられるが、全くその痕跡はない おそらく住居の跡地に杉を植えたと考えられるが、見事なまでに自然に還ってしまっているようだ 

P1100377 P1100380 P1100382

 しばらくすると、共同墓地が見えてきた 斜面一面に並ぶ墓石、かつて多くの人がここに住んでいたことを窺わせる、数少ない証明でもある 

 鉱山の事故で亡くなった方も多いとみられ、心霊スポットでもよく取り上げられる場所であるが、雪があって墓石が隠れ地面が見えなかったのと、よく晴れていたせいか、あまりおどろおどろしい雰囲気は感じられなかった 

P1100389 P1100397

 主鈴坂(しゅれいざか)の碑を過ぎ、またしばらく走ると、鳥居が見えてきた 金山神社の鳥居である

 金山神社は、今となっては貴重な、江戸時代に建てられた銀山時代の遺構である

 拝殿まで行こうとしたが、途中で雪に阻まれて行くことは出来なかったので、途中で頭を下げて拝礼した

P1100393 P1100395 

 ここから先は、秋田県第一の大河、雄物川の源流ということらしい

 また、この先に御幸坑(明治天皇が立ち入った坑)があるという 銀鉱山は重要なものだったから、わざわざこの地まで立ち入ったのであろう

 道路の舗装はここで途切れていた この先の道は、雪解け水で川のようになっていて、先に行ける状況ではなかった 今年の冬は寒く、雪が多かったのであろう 

 本当に、この先に街があったのだろうか....しかし、かつては多くの人が住んでいた、と言われると、何となく納得できるような気もした 周囲が全くの自然林、ではないからかもしれない 無論、今は家屋も全くなく、住む人もいないのだが 

 今回は、ここで引き返すことにした

 院内銀山に、「また、来いよ」と言われたような気がした 

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