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2010年9月18日 (土)

2010.9.12 紀尾井ホールにて

 この世界を離れてから、2年になる
 もう、他の団体の演奏会は聞きに行くことはなくなったが、この団体 http://www.d1.dion.ne.jp/~met/ の演奏会だけは、今年も見届けている
   
 今回の会場は、紀尾井ホール この団体としては、初である
 以前は、同じシューボックス型ホールのカザルスホールで演奏していたが、紀尾井の方が大きいので(座席数 カザルス511、紀尾井800)当然のことながら響きも変わってくる
 ここも確か永田音響設計が関わっていた所なので http://www.nagata.co.jp/gaiyou.html 音響は様々な意味で考慮されているだろう

 最初のラベル「ツィガーヌ」 長いソロの部分は大変である
 良く頑張っていたと思うが、個人的には「こんなものじゃない」と思ったのも確かである
 個人的には、10年前のベルクの方が良かったように思えた 聴いている場所の違いが大きかったのもあるだろう(ベルクはステージ上、今回は2階席奥)
 そのこともあって、オケももう一つ音が届いてきていなかった....もっと民族色豊かな部分を聴きたかった....今回の演奏の狙いは、この部分ではないかと推察する コダーイ「ガランタ舞曲」などの系統....どこか物足りなさを感じたのも事実である
 
 次のドビュッシー「ペレアスとメリザンド」 これは一番良い出来であったと思える
 10年前にも演奏したものであるが、より熟成されたという印象であった 奏者の側も、よく曲を熟知していたということなのだろう
 オーケストレーションも一部変わっていたが、より効果的に聞こえるようにとのことであろう 薄暗がりの中での演奏、舞台の暗転、舞台下手2階席からの鐘の音も良かった
 弱音域の微妙な響き、音が消えた後の残響(3楽章の終わり、2楽章途中のハープによる中断など)など、繊細さを感じる演奏は、他では聴けないものと言って良い 
 
 
 休憩後のシベリウス「交響曲第6番」からは、2階席奥から1階席ステージ近くに移動した 極端な移動であるが、聴く場所による差を確かめたかったというのもある
 確かに、迫力という面では前の方が圧倒的であった 「ツィガーヌ」もここで聴いていれば、印象が変わったかもしれない
 その代わり、トレモロ音の粗が目立って聞こえたのも確かである 残響音よりも直接の音が聞こえてくるのだから当然であるが
 個人的には、左右の2階席で聴きたかったな、と思ったのは否めない おそらくそこが残響もあり、音源からも遠くなく、一番音のバランスが良いと思えたから(同じシューボックス型ホールのカザルスホール等でも、同様である)

 演奏であるが、これも前回の第7番同様、掛け合いが難しいな...と思った 舞台近くで見ていたこともあり、演奏するのが大変そうであるのが見て取れた
  細かく音が動く所の表現は割とうまくいっていたのではないか、と思った ただ、全体を通して聴いたときに、この曲に対して自分たちはどうしたいのか、といった部分が弱かったように思えた
 アンコールのシベリウスは、こんなところかな、という印象であった 

 個人的には、シベリウスの曲がマンドリンに合っているのかは疑問を持っている シベリウスの曲であれば、必ず北欧の空気を感じさせる澄み切った鋭い音があるが、これがどうも生ぬるく聞こえてしまうのである
 バイオリン等でなくては無理か....とも思ってしまうのである 私の知りあいに、「シベリウスの曲は最もマンドリンに遠い所にある」と言った人がいたが、あるいは当たっているかもしれない

 この団体の演奏であるが、ふと思ったのは「咲かざるを得なかった、徒花」ということであった
 編曲や委嘱作品など、数多くの注目すべき取組をしている....あるいは、いずれ誰かが行わねばならないことであったことかもしれない....が、あまり外に伝わっているとは言えないことである

 結局演奏会で「感動しました」等の感想が残るだけ、その場で聴いただけで終わってしまう この世界(業界と言っていいのか?)自体が仲間うち同士ばかりで集まり、閉鎖的なところがある割に、大したことはやっておらず、自分たちの場で完結して、外の世界を見ようとしない 
 かつてネット上でレビューを書いていたときにも、それを強く感じた あるいは、更に内向きになってしまったかもしれない

 
 私には、最早どうすることもできない 皆が現状で幸せそうにしているのに、一々文句を言うのもお門違いであろうから 
 ただ、この団体の持つ音の世界が外に伝わっていかない、演奏されることもなく忘れ去られるとすれば、寂しいことではある 無論、演奏のためにはハープなどの楽器が揃っていないと難しい面や、優れた音楽性を持つ指導者がいないと音楽にならない、等々厳しい条件があるが
 あくまでも音楽は一過性のものである(極端な話、即興演奏のようなもの)、というのであれば、それでも良いかもしれないが CD、DVD等で残すくらいが関の山なのか
 

 演奏会が終わった後、予想してはいたが、ふと寂寥感にかられた 「演奏会、楽しかった」と言う気分ではなかった そういえば、数年前から「弾いて楽しい」と思えなくなってしまっていた 2年前も、弾けば弾く程自分の首が絞まっていくような感じだった これまで楽しんでいたツケが回ってきたのか、何なのかはわからない 
 
 
P.S.
 当日私の着ていたアロハが気になる方は、こちらを参照ください
http://nijigencospa.com/detail/id/00000034049
 いわゆる「萌えアロハ」とでも言うのかは知りません
 この格好で、ホテルニューオータニなどにもふらふらと行ってきました
 想ったより違和感はなかったです

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